種まきと収穫

タカキビの収穫をした。
結構豊作だった。
いろいろなところで畑やってるけど、
一番地力があるんじゃないかな。
あとレンゲの種まきをした。
展覧会の会期中に
だい人に踏まれてしまったからね。
展覧会が終わっても
やることがるのです。

それでは、また



Posted by 石井晴雄

土とは何か

外界に開かれた子宮としての地表
 発生学者の三木成夫によれば、地球と人間の身体は内胚葉(内蔵、自立神経系=海洋)、外壁系(骨格、筋肉、神経、随意神経系=陸地)という二極構造において相似形であるという。人体の体内環境でおこっていることと地球環境でおこっていることは同じことがおこっているとしたら、土壌に植物の種がまかれるとき、それは精子が卵子と結合し子宮内膜に着床することに例えてもよいのではないだろうか。
 子宮の内側は皮膜や筋肉、脂肪などの組織によって外界の環境から防御的に隔離され、一定の体温と継続的な栄養補給によって胎児の成長は維持される。それはまさに、成層圏という皮膜に覆われた地球環境内で気温が一定保たれ、海流や気流の流れによって常に大気や水が供給されて動植物の成長が維持されているのと相似形をなしている。つまり我々生命は大気圏という「外界に開かれた子宮」の上に存在しているのである。
 植物は太陽光による光合成によって空気中の二酸化炭素から炭化物を作りだし、体内に取り込みむことができる。つまり植物は太陽エネルギーを物質に変換する装置であり、物質として固定された太陽エネルギーなのである。そしてこの太陽系における最大のエネルギーソースである太陽エネルギーを、我々動物は植物界によって物質的に変換された炭化物という形で摂取して生命を維持している。動物は一日たりとも植物が用意した環境を離れては生きてゆけない。動物は植物界が提供してくれた環境、植物が提供する「地上の胎盤」、「地上の乳房」からの栄養補給によって太陽エネルギーと間接的につながって生きているのである。


エクスタシーに満ちた場、地表
 われわれは成層圏の胎内で日々生活し、一生を終える。この胎内にはあらゆる動植物の精子と卵子が飛び交い交配を重ね、日々あたらしい生命が更新されている。種をまくということは、この地上における生命の着床を促すことであり、収穫とは植物界という地上の乳腺からの分泌である、我々は日々植物界という地球の豊満な乳房によって生きているのであり、ゆえに植物をいただくということはエクスタシーそのものに他ならない。


植物こそ真の創造者
 映画「ミラ・レパ」のなかで、川の魚を捕りその場で焼いて食べたあと、その魚の骨から生きた魚を再生させて川に戻している人物が出てくる。驚いて見ている主人公に対してその人は「自分で創造できないものをなぜ殺すことができるのかね?」と説く。
 植物は光合成によって水と空気中の二酸化炭素から炭水化物を作り出す。また自分自身の落葉や茎葉の残さから自身や次世代の生命を育む栄養を作り出す自己施肥機能を持つ地上で唯一の生命形態である。また光合成によって水を分解する過程で生じた酸素を大気中に供給し、動物が生きてゆく上で不可欠な環境を創造することができる。つまり彼らこそ無から有を作り出す錬金術師であり真の創造者である。
 市之倉この場所においては私ただ草を刈り、種をまくだけで、あらゆる恣意的な造形を排した。あとはただまいた種が環境に順応しながら自己のプログラムにそって自動的に成長するのを待つのみだ。もとより創造など人間がおこなえる由もない。むしろ恣意的な造形を排し、真の創造者である植物の営みを観察し、その恩恵を享受する事こそ我々に与えられた最良の姿勢である。

Posted by 石井晴雄

ラピュタ

森北氏のブログを読んでいて
自分だったらいったい何をして食っていきたいかと考えたら
自分で野菜や果物、穀物を栽培して、採集して
食っていきたいと思った。
(これがまた大変なのだが、、、)
現在の日本は食糧自給率40パーセント。
自分の食料自給率は1パーセントもないだろう。
自分で自分の食べるものを育てたり採集できないなんて、
「生き物」として一人前じゃないんじゃないか?と思ってしまう。

鳥でも魚でもだれでもそうやって生きているのに。
動植物の生活は大地の無尽蔵な生産力に依存しているから
安定しているのに対して
われわれは経済と石油エネルギーという
とても不安定な持続性のないものに依存して生きている。


アニメ「天空の城ラピュタ」の中でシータが
「人は土を離れては生きていけないのよ」というところが

あるけれど、
現代の社会はまさに「天空の城ラピュタ」だ。
強大な軍事力と経済という名の「飛行石」で
土から離れ、天空にふわふわと浮かんでいる。
ムスカ大佐がシータに
「君はラピュタを宝の島か何かとでも思っているのかね?」
と聞くところがあるけれど、
ぼくらはこの社会を

いまだに宝の島だと思っているのかもしれない。

強大な軍事と経済、石油エネルギーによって

大地から隔離されて

ふわふわと浮かんでいるこのラピュタのような社会に、
僕らはいつまでしがみついているのだろう。
石油エネルギーという「飛行石」の力は
だんだん弱くなっているというのに。


Posted by 石井晴雄

トマト

トマト。tomato5.jpg

Posted by 石井晴雄

タカキビ

takakibi.jpgタカキビ。


Posted by 石井晴雄

カタバミ

掘り返した石の間から生えてきたカタバミ。

katabami-2.jpg

Posted by 石井晴雄

このままでいい

soba-2.jpg市之倉カフェの準備が学生を中心に始まっている。畑の方は、タカキビやソバが元気に花や実をつけているし、トマトはこのところの雨でだいぶ実が弾けてしまった。今日はたくあん用の大根、天王寺カブ、小松菜、日本ホウレン草の種をまいた。あと全体にレンゲの種をまいた。花や実がなるのは展覧会が終わってからだろうけど。しばらく来ないあいだに草花の様相もだいぶ変わった。真夏の過酷な暑さも和らぎ、このところの雨で草花にも潤いが出てきて。雑草も相変わらず元気だけれど、みな可愛らしい花をつけて、もはや雑草とは言えない気がする。雑草なんて人間がつけた総称にすぎなくて、カタバミ、ツユクサなどいい名前がついている。よくみるととてもかわいい。殺風景だった市之倉の土地に赤や青、白、黄色の小さな花がちりばめられていて、もうこれだけでいいじゃないかなという気分になってくる。いやほんとにこれだけで十分なのだ。 (写真→ソバの花)


Posted by 石井晴雄

トウモロコシ

corn.jpgこれは別の畑で育てたトウモロコシ。

原種に近い種類なのだろう、
全体的に小さくて実も小粒だけれど、
乾燥しても実がしまっていて
このまままいても芽が出そうだ。
ほとんどの今スーパーに出回っているトウモロコシは
交配種で種をまいても芽は出ないけど、
なんかこういうのが→
美しいなと思ってしまう。
ちゃんと命が宿っていること、
それが「美しい」っていうことなんだと思う。

Posted by 石井晴雄

小さなトマト

tomato2.jpgのサムネール画像別のところでやっている畑の話だけれど、

自然農では人為的に水やりはしないので、
最近の暑さと小雨で
トマトはほとんどひからびていて
小さな、ひからびかけたような実が
ちょろちょろとなっているだけだ。
そんな状況をみるにつけ、
自然農や農業の難しさを痛感していた。
しかし、その実を食べたとき
そのあまりの濃厚な味に驚いた。
甘さ、酸味、芳香のどれもが強烈で
過酷な環境の中で生き抜いてきた生命力が凝縮されているようだ。
そんな味覚体験をするにつけ、
数量的にしか物事を判断していなかった自分を
恥じるのであった。




Posted by 石井晴雄

トマトの収穫

P1070697-b.jpgイタリア系のサンマルツァーノトマトが実った。

結構良く育っている。
この暑い日差しと土で
立派なものだ。
これで石窯ピザでもつくろうか?

Posted by 石井晴雄

コスモスが咲いた

P1070564----.jpgコスモスの花が咲いた。

立秋をすぎて、
強烈だった日差しも多少和らぎ、
そんな秋の日差しを受けながら
風に揺れるコスモスの花をながめていると、
なんだか陶然とした心持ちになってきて、
もうこれ以上なにも作る必要がないのではないかと思えてくる。
いや、もうほんとうに何もつくる必要はないのだ。
そう言い切ってしまおう。
あと邪魔をするものは「作家のオリジナリティーとは」という問いだ。
しかしそのようなモダニズム的な価値観は
デュシャンが便器をひっくり返した時点で
過去のものになっているはずだ、よね?


Posted by 石井晴雄

エントロピー2

P1070700-b.jpg

畑や森で仕事をしていると

放っておくと木は生い茂り雑草がどんどんはびこって

すべのものはどんどんカオスの状態になってゆく。

でもほうっておくとどうしようもなくなるから

ひたすら草取りなどをするのだけれど

まったく際限のない作業のように思えてくる

でもそれをやらねばならないし、

それをやりたいという気持ちもある。


エントロピー増大の法則によれば

この宇宙の拡大期にあってはあらゆるものは拡散して

やがてはエネルギーの平衡状態になって

安定して動きがとまる。

水をはった水槽の中にボトルからインクをこぼすと

どんどん拡散していってやがては拡散しきって

カオスの状態、飽和状態になってその拡散の運動は終わる。

この動きは不可逆的なもので

拡散してしまったインクを集めて

もとのボトルに戻すことはできない。

また冷たい水とお湯を混ぜるとやがては混ざりきって

ちょうど中くらいの温度になって止まる。

部屋もかたづけないとどんどん乱雑になってゆくし、

野原だって放っておくとどんどん雑草が生い茂る。

人間の記憶も時間がたつどどんどん曖昧になり、

人間関係だって放ったらかしにしておくと

だんだん希薄になってやがて解消されてしまうこともある。

家も人が住まなくなると傷み始めるという。

なにごともいつかは朽ち果ててゆく。

何かを放置しておくと

それはそのまま現状維持され続けると思いがちだが、


われわれが生きているこの宇宙では


放置された瞬間からエントロピーの増大がはじまり、


混沌と崩壊、安定、そして死へと向かう。




世界中の創世神話が語るように、

この宇宙には拡散、安定、陰、闇、カオスへの方向性がまず存在し、

そしてそこに収縮、固形化、組織化、陽、光の方向性がもたらされ、

そしてそれら陰と陽の力が拮抗してやがて渦巻き、回転する運動がおこる。

そしてその運動の最終形態が「生命」「人間」なのだという。

人間は生まれた瞬間からひたすらエントロピーが増大する方向にむかい、

やがて安定、エネルギーの平衡状態=死を迎えるわけだけれど、

だからといってそれまでもしないでぼんやりしているということはできない。

人間は毎日毎日なにかよかれと思うことをやってい

この社会も放置しておいたらエントロピー増大の法則にしたがって

混沌とした混乱状態になっていくだろう。

でも人間はなんとかこの社会の秩序と組織を維持しようとしている。

それらはみな拮抗する陰陽の力の延長なのか。

混沌に拮抗するのは意思の力か?

「はじめに言葉ありき」


多治見の市之倉のあの場所は

ながい間放置された、まさにエントロピーの増大しきった場であり、

そこに鎌をふるいって雑草を刈ったり

作品を設置するために掃除をしたりすることは

そのエントロピーの増大した空間に

集約と組織化のエネルギーをもたらすことだと。

今度あの場所でカフェをやることになった。

それはさらにその方向性を加速させることだ。


しばらく市之倉に行けてないけど、

さぞまたエントロピーの増大していることだろう。

しかし一方で蒔いた種が成長し組織化も顕著になっているだろう。

なんて、ちょいと哲学してみました。




Posted by 石井晴雄

エントロピー増大

宇宙の法則のなかに
エントロピー増大の法則というのがあるそうで、
すべてのものはほうっておくとどんどん拡散していって
カオスに無秩序になっていくんだそうな。
でも一つだけその法則に逆行するものがあるそうで
それが「生命」なのだそうです。
生命は、どんどんカオスになっていくものに対して
組織化し秩序をもたらしていく存在だそうで、
なんだかひたすら草刈りをして種まきをしていると
ふとそんなことを思い出した。
雑草はまさにエントロピーそのものだ。
それに抗ってゆくことはただただ無益な行為のように思えてくる。
しかしそれが生命の本質からくるものであれば
それもしかたがない(笑)なんてね。

草刈りばかりしていてなにもつくっていないように
思えるときもあるけれど、
「いえ、地表を彫刻しています」と言えばよいか?(笑)



Posted by 石井晴雄

草刈り→ひたすらマイナスの作業

kusatori.jpg

種もまいたし芽もでてきた。

あとは草刈りくらいしかやることがない。
しかしこのところの猛暑でソバの生育がよくない。
他の参加作家のプロジェクトは進み始めたようだ。
でも自分はただ草刈りをして、あとはお天気だのみ。
なんかちょっとあせるな〜、、。
なにかを作ることではなく、
ただひたすらマイナスの作業をしているようだ。

Posted by 石井晴雄

猛暑の中の雨あがり

cosmos-ameagari.jpg猛暑続きで

よりによって多治見は摂氏39度で
日本一暑いところになってしまった。
久しぶりに現場に行くと
コスモスの花がひからびかかっている。
でも久々に雨で
かろうじて潤いを取り戻した。
まくべき種はまいてしまったし、
あとやることと言えば
雨乞いでもするか。
つくづく天気まかせの
プロジェクトだ。

Posted by 石井晴雄

トマト、初収穫

tomato-shukakku.jpgトマトの収穫ができた。

荒れ地に育った小さなトマト。
すかさず食べた。

Posted by 石井晴雄

小さなコスモスの花

cosmosnohana.jpg裏の空き地にまいた

コスモスの種が
芽を出した。
カチカチの土地に
小さな花をつけた。
その生命力に驚く。

Posted by 石井晴雄

荒れ地

この土地はとんでもなく荒れ地だ。

どのくらい荒ているかというと
ちょっと掘るとざくざくと
陶片が出てくる。
大げさでなく、
そこいら中陶器が埋もれている。
陶器でできている土地と言っても
よいくらいだ。

Posted by 石井晴雄

ソバの芽とコスモスの花

ソバの芽が出た。

コスモスの花も咲き出した。
裏の空き地の固い地面に
小さなコスモスの花。
生命力に驚く。



Posted by 石井晴雄

トマトの苗を植える

育てていたイタリア系のトマト、

サンマルツァーノの苗を植。

やせた、過酷な土地でも強く育つトマトだ。

Posted by 石井晴雄

ソバの種をまく

雑草の生い茂る土地にソバの実をまく。
それから雑草を大きなカマで刈ってゆく。
刈った雑草はそのまま寝かせておくと
ソバの種をおおって乾燥防止になり
やがては養分となって大地に帰る。
2月もすると小さな白い花をつけてくれる。
あとは刈り取ってソバの実を



Posted by 石井晴雄